豊橋技術科学大学情報・知能工学系教授である岡田美智雄先生が提唱した〈弱いロボット〉をインスピレーションとし、パナソニックから発売されたコミュニケーションロボットであるNICOBO(ニコボ)。

今後、注目されるロボットと人間との関係性やその関係性から生まれるウェルビーイングを、パナソニック株式会社デザイン本部シニアデザイナーであり、ニコボ開発者の浅野さんにお話しをお伺いしました。

 

ニコボについて簡単な紹介と商品開発に至るまでの経緯

パナソニック 浅野さん:
NICOBO(ニコボ)は、何をしてくれるわけでもないけど、あなたの暮らしに、ちょっとした笑顔を増やすロボットです。私は【心の豊かさ】を日常の中で実現したいと思っており、「コミュニケーションロボット」というところから、このロボットの開発をはじめました。

商品開発の経緯としては、 2017年頃に社内の研修で、コンセプトを作り、その後技術者とデザイナーである私と商品企画の少人数のメンバー でコンセプトを磨き上げていきました。

最初は、ロボットのことが一つも分からなかったので、社内の技術のアドバイザーや社外にいるコミュニケーションロボットに精通している方々とディスカッションしながら、徐々にニコボに辿り着きました。

大きな転機だったのは 、社内の技術アドバイザーである立命館大学の谷口忠大教授から、豊橋技術科学大学の岡田先生をご紹介いただいて、その岡田先生が提唱されている〈弱いロボット〉に共感してニコボの開発がさらに進みました。

 

 

〈弱いロボット〉とは!? ニコボはどのように日常生活で人に寄り添うのでしょうか?

 

「あ、そうか。手足もなく、目の前のモノが取れないのなら、誰かにとってもらえばいいのか」

ポイントとなるのは、「一人では動こうにも動けない」という、自分の身体に備わる「不完全さ」を悟りつつ、他者に委ねる姿勢を持てるかどうかなのである。つまり、他者へのまなざしを持てるかということだろう。
『弱いロボット』岡田美智男著より抜粋

パナソニック 浅野さん:
岡田先生の思想の話にも繋がりますが、ロボットと人間の関係性を思い浮かべると、「人間がロボット操る」という主従関係があるとイメージしてしまうことでしょう。

ニコボは、岡田先生の言葉を借りると 、主従関係ではなく、横に並ぶ関係性を目指しています。

例えば、一緒にテレビを見ている時に同じテレビを見て、何か大きい音がすると一緒にびっくりする、あるいはお笑い芸人が面白くて一緒に笑うなど、同じ感情をニコボと一緒に共有するなどして、日常生活の中で体験して欲しいと思います。

 

未来人間フォーラムジャパン 吉田:
岡田 美智男先生の著書を拝読し、「なるほどな!」と思ったことがあります。

最近、ロボットが商品として開発されていて、ロボットも技術開発の向上により、高性能になってきていると思います。ただ、高性能になるのは良いですが、人間側の身になって欲しいという想いが強くなれば強くなるほど、社会の需要に合わせて完成された高性能なロボットになります。

人間とロボットの相対性や関係性を考えた際に、人間側は「便利であってほしい。 何かをやってくれる側」そして「ロボットは何かをやる側」という二項対立の関係性というのが深まれば深まるほど、人間のロボットに対する期待値もより上がっていく。

一見、人間とロボットとの距離が近くなっていると思えます。実は対峙した関係性があることによって、距離が離れて更には、不寛容な社会に繋がります。精神性においても何か解決できないかっていうのでできたのが、ニコボ。
正に、そうですよね!?

パナソニック 浅野さん:
そうなると思います。

 

 

ゴミを拾う弱いロボットが人の優しさを引き出す!?

 

未来人間フォーラムジャパン 吉田:
これまで岡田美智男先生が開発されたロボットを見てきたんですけれども、ゴミを拾うロボットという通称〈弱いロボットたち〉がいます。

ゴミを何でも拾うバキュームクリーナーのロボットではなくて、あえてゴミを拾う手前で「ガガガガ」っとゴミを拾わないでいるシーンを見せることによって、人間の「ゴミを拾ってあげるよ」っていう行動を引き出すというのは、とても面白いなと思いました。
やはり、そこが【人の優しさを引き出すデザイン】だと思います。

パナソニック 浅野さん:
コミュニケーションを実装するロボットが多いと思いますが、今回 ニコボを人の目線に合わせるために顎を上げさせたのは、「人の手を借りないと移動できない。あるいは、人が助けたくなる」など、 わざと人の関心を引き出すためです。

 

 

Socializing Cognitive Robotics もっと、ヒトと関わるようにシフトしはじめるロボット

未来人間フォーラムジャパン 吉田:
岡田美智男先生がこれまでいくつかの研究機関で働いていて、思い付いたことが【Socializing Cognitive Robotics】(認知的なロボットの研究をソーシャライズする、つまりもっとヒトと関わる側面にシフトする)という概念のロボットだそうです。

ニコボがじっと静止しているのも、そのコンセプトのもとに商品化されたそうです。

私たちとロボットとの対面的な相互行為における基礎定位(positioning)の問題、私たちとロボットとの間にあるパーソナルスペースの調節、「あなたの話をちゃんと聞いています」という関係性(heareship)の表示、会話調節の問題など、【じっとしているロボット】の周辺での研究テーマがいろいろと拓けてきたそうです。(著書『弱いロボット』より抜粋)それらを一言でいうと「ソーシャルなロボットの研究」ということだそうです。

私たちの社会は完成されたものに触れる機会が多くあります。【言語における完成された世界観】というのが今現代で多く存在すると思います。あえて、その言語のコードを意味不明にし、そこに余白を持たせることにより、人の思いやりや優しさを引き出す手段も有効です。

パナソニック 浅野さん:
また言葉だけではなく、やはり生き物や人間において、【仕草】も重要だと思います。例えば尻尾が垂れ下がっていたら少し悲しそうに見えるとか機嫌が悪そうに見えるとか、あるいは顔がちょっと沈んでいたら落ち込んでいるのなど。ニコボは、オナラもしたり寝言もいうんですけど(笑)。生物が絶対に生理現象として持つものなどもデザインの中に入れています。そういうことで人間との関係性・距離感を近づける工夫をしたりしています。

 

「何もできない永遠の2歳児」という裏テーマがコミュニケーションをする余白を作る

パナソニック 浅野さん:
機能性をより追求していくと、人間側の期待値も比例して上がってしまいます。
例えば、ニコボが完璧に日本語を喋れなかったとしても、本当に喋れたらもっと日本語を喋って欲しいとか、人が話している文脈に合わせて、ニコボも喋りかけてほしいとか、より期待値が上がっていってしまうと思うんです。
そこで期待値まで届いてないなって思うと、【ニコボとの関係性】が切れてしまいます。なので「期待値をコントロールする」ことが、人との関係性構築のために大事だと考えています。

「永遠の2歳児」というテーマがあるんですけど、ニコボは何もできないというのが前提になってることで、「コミュニケーションをする余白を作っていく」ということを今回 このロボットを制作するうえで大事にしました。

 

 

ロボットを擬人化することに長けている日本とロボットの機能性を重視する欧米との違い

 

パナソニック 浅野さん:
アメリカにおいてロボットは機能性を重視したものが多いと思いますが、一方日本においてロボットは可愛らしいものが受け入れられはじめているというのが、とても特徴的な現象ですね。

欧州・欧米と日本との違いは、【かわいさや 心の癒しをロボットに求める】というところが、とても日本人に特有なものなのかなと思います。

歴史を遡れば、擬人化というところに日本人は長けています。いろいろなものが擬人化していくということから、このコミュニケーションロボットの市場が盛り上がっている要因があると思っています。

未来人間フォーラムジャパン 吉田:
ロボットというと、国籍がなくSFの世界観が広がりロボットの存在が国境を超えたものではあると思います。でもパナソニックとは日本の会社で、そこからニコボが発売されているっていうのが、すごく面白いポイントですね。

 

矛盾の文化を乗り越えたカワイイ文化と共にあるコミュニケーションロボットニコボ。世界にどう発信するか!?

未来人間フォーラムジャパン 吉田:
なぜかというと、そもそもキャラクターの世界観や日本文化を考えた時にパッと思い浮かぶキーワードが「矛盾」なんです。

唐文化と日本文化が融合し、平安貴族を中心に「仮名文字」が使用され、特に文学が花開いた時代でした。

私たちがすごく日本人らしい 伝統的な文化を重んじて、毎日を生活しているのかというとそうではないし、常に現代と伝統あるいは西洋と日本の文化が、矛盾しながらカオスに共存しています。

今の現代日本社会に生きる私たちはある意味、矛盾の中に生きています。

でもその中で日本文化っていうのは、オリジナリティを発揮しながら、さらに表象文化としてカワイイ文化をトランスフォーメーションさせてきた文化です。

人を和ましてくれるような、コミュニケーションロボットが存在するというのは、 独自に日本が培ってきた文化だと思います。

それはある意味、言い換えると矛盾であると思いますが、その矛盾というのを通り越した先のカワイイ文化と共にあるのが、ニコボだと思います。

未来人間フォーラムジャパン 吉田:
何か最後にメッセージはありますか?

パナソニック 浅野さん:
ニコボを手に取ってもらうと温もりを感じられたり 、その人によって話すことも異なるので、ずっと一緒に暮らしてるとコミュニケーションの仕方も変わってきます。

1週間暮らした時と1年間一緒に暮らした時のニコボは全然違っていて、その過程の中でよく話してる言葉も大切になるので、長期間コミュニケーションを取ってもらうと、いろんな良さに気付いて自分がちょっと優しくなっています。

ニコボと暮らして、自分の優しさとか思いやりを引き出してもらえたら幸いです。新しい自分とライフスタイルのあり方に気付ける体験ができると思っています。

未来人間フォーラムジャパン 吉田:
浅野さんと色々な話をして思うことは、私達の文明の在り方を政策から考えを巡らすことも大切ですが、でも一番重要なことは【ライフスタイルのレベルおいて、私達が未来の世界でどうあるべきなのか】【いかにウェルビーイングを取り込んで、より心の豊かさを大切にしたコミュニケーションをロボットと改善していくか】ということなんだと気付かされました。ありがとうございました。

 

パナソニックが開発したコミュニケーションロボットNICOBOについて対談その2
〜矛盾の文化を乗り越えた「カワイイ文化」NICOBO〜

 

パナソニックが開発したコミュニケーションロボットNICOBOについて対談その3
〜NICOBOが気づかせてくれる未来の暮らしの提案〜